ガジュマル

沖縄で一番印象的だったのは、ガジュマルの木。
海の美しさにも、花の美しさにももちろん惹かれたけれど、
ガジュマルの木には何度も何度もしみいるように感動した。
学生の頃からとても好きな写真家がいます。
星野道夫。
星野さんが撮るカナダやアラスカの風景が大好きだった。
何度も何度もたまらない気持ちにさせられたし、
いまも本を目にするたびに行った事もない、
おそらく見る事もないその景色に励まされる。
ガジュマルの木やその木を取り巻く風景は
まったく緯度が違うのに、星野さんの写真を彷彿させました。
苔むすツンドラ気候と亜熱帯気候の木が同じだなんてもちろんおかしいと思うのだけど。
どこが根で、どこが幹で、一本の木なのか何本の木なのかもわからないくらい
絡み合ってどこかと繋がっているような木を何本も見ました。
すごかったなあ。
この木はフクギ並木の途中にあったガジュマル。
大きいなあと眺めていたら友達が、神様の石もあるね、と教えてくれた。
根の足下に石があり、お賽銭が置かれていました。
そのとき、うしろから杖をついたおばあさんが通りかかり、
どこからきたの?と話しかけてくれ、たぶん、ずっと神様の話をしていました。
私には言葉がよくわからなくて、うんうんと聞きながら木を眺めていたのだけど、
なんとも不思議な時間だった。

そして、ながらくカメラはiPhoneでもういいや、とおもっていたのだけど、
iPhoneにはいいところはもちろんたくさんあるけれど、
同じ景色をカメラとiPhoneで撮り続けると、どちらのよさも改めてわかるような気がしました。
もちろん、カメラで撮った方がきれいに写る。
でも、とっさのときはiphoneのほうが、その瞬間が撮れる。
そしてiPhoneの写真は優秀だけど、奥行きは映らない。
それがいいときもあるし、物足りないときもある。
わたしくらいのカメラの技術だと、iPhoneでまあまあ上手に撮る、
くらいが向いているなあ、としみじみ思いながら、でも
もう少しカメラとの生活を楽しもと思っています。