昨日の買い物

8月最初の木曜日。
(今更ですが、木曜日は休診でお休みの日)
朝からあれこれ済ませ、一番暑い時間をなるべく避けて、原田治展に。
今年の夏は、東京でしていて見たかった展示がふたつも神戸に来て嬉しい。
先週はaaltoも見にいき、よく知ってるつもりの新しいものに触れて良い時間でした。
OSAMU GOODSって好きだったなあ、と思う。
というか、あの時代はサンリオキャラクター以外になかったんじゃないかな。その割には(失礼)とっても良質なものが与えられていたんだなあ、と今更ながらに感謝。
海外の素敵なものにときめいた原田さんが、ご自分のフィルターを通してオリジナルに変換して紹介してくれていたのだから。それはしっかりとした知識と技術があってのことだなあ、とやっとわかる。
ただできることをしていた人ではないんだろうな。
ただ、いつからかOSAMU GOODSが好きなのはカッコ悪い、と私は思い始めて(ファンシーなものが好きじゃなくなった)ちょっと距離を置くのですが、改めてOSAMUGODDS以外のものと一緒にあの頃大好きだったOSAMUGOODSを見たら、今現在もたまらなく好きなものしかなかった。
レタリング、フォント、アイコン、キャラクター、細かい書き込み、シンプルな線、外国の文具やパッケージ、、、、
あれ?って感じです。
そっか、そうだった。ありがとうございました、と心の中でお礼を言いました。
あれしかなかった時代にOSAMUGOODSで本当によかった。
オリジナリティこそ大切、と私は思っているので。

かわいい、にたくさん触れて、何か買って帰りたかったけど、なんとなく選び切れなくてカードを一枚書いました。そう、もうバッグもタオルも文具もシンプルなものでいいんだよなあ。
買って帰れなかった自分が残念、
OSAMUGOODSのマグがある風景とか可愛いんだけど、半年後に同じテンションでいられる自信がなくて諦めました。
ということで、昨日の買い物はカードが一枚、そしてまったく別のところでデザインが可愛かったレモンの飴の缶を一つ。それからうっかりとユニクロでTシャツ3枚。


OSAMU GOODSが好きだったことも忘れていた私がここ10年の間に集めて、使ってきたものがこれ。
でも、昨日の展示を見て思った。
原田さんもそういうものが好きだったと思う。
いろんなものを雑多に好きで、一貫性がないようでいて、広げてみたらそこに自分が好きなもの、という一貫性があると嬉しい。
全部同じテイストで揃ってたり、ショールームみたいなのも素敵だとは思うけど、それはもう誰でもなくていい、私でなくてもいい、と思ってしまうのです。

どちらも写真を撮って良い展示だったのも嬉しかった。
もちろん目で見た方がいいに決まってる。
でも、商業プロダクトに近いものは写真に撮らせてもらえると嬉しい。

7月もあと少し

はっと気づいたらまた7月も終わろうとしています。
7月、、、、、何をしていたんだろう。(もちろん働いていたけど)
相変わらずのソロ活動だけど(もはやそれが普通に、、、)少し出かけるようになり、行った先に好きな人たちがいるので久々に他愛もない話ができたりで、少し風向きが変わった月のはず。
でも基本的にちょっと心疲れ気味で、お休みの日はもうしたいことしかできなかった。
お休みの日はもうがんばりたくない!が正直なところだった。(そんなにまいにちがんばってたっけ?とは思う)
しんどいときにはお休みくらい、したくないことはしないし、みたくないものはみない、それでいいような気がする。

それでもタイミングよく会える人がいたり、気にかけてくれる人がいたりでとても嬉しい。
コロナとは関係あるのもないのも含めて、私の周りの人間関係もすこしずつ変化している。
ずっと一緒でいられたらいいのだけど、10年も経てば人も立場も年齢的なものも変化するからそうもいかないし、これはこれでいいのだと思う。
なんでー、とは思うけど、思い返せば根幹の価値観が違ったのだと思う。
どうしても譲れない価値観なのだろうし、そのことに気づいていてとっても気をつけて接してきたつもりのだから、もうこれでいいいのだ。バカボンのパパみたいだけど。
だからこそできるようになることもある。
ご縁と柵は表裏一体なので、いいように考えることにしています。
でも、ちょっとここくらいには書き残しておこう、と思うくらいには残念に思ってる。
自分になのか、相手になのかはよくわからない。

コロナになっていいことなんて一つもないけど、強いて言えば自分の価値観がよくわかるようになった。
(人の価値観には目を向けないのが吉)
自分が本当に何が好きなのか、どういう環境が好きなのか、なにを心地よいと思うのか、どこに行きたいのか、誰に会いたいのか、何をしたいのか、クリアになってきたように思う。

そして去年の夏は全く洋服を買ってなかったことに気づいた。

正直あまりいらないのだけど、でもおしゃれを全くしないのが普通になるのも悲しい。私の今年も今しかないので、ちょっとは自分を楽しまないとなあ、と思って、身なりに気をつけるようにしています。笑
いつも書いてるけど、開業後2年くらいまったく余裕なく過ごして、やっと自分を取り戻そう!と思った矢先にコロナだったから、本当に日々のクオリティが低いまま何年も過ごしているんだと思う。
久々に夏のシャツを複数購入しました。これはそのうちの一枚。
欲しいもの、というより、着た時に自分がちょっとよく見えたら、それを買うことにしている。そういう意味ではこのシャツは本当に久々の「!」でした。
なんだかんだ言ってマーガレットハウエルがやっぱり好き。どれも本当に長く着ている。
(MHLはデザインはものすごく好きなのに、くちゃくちゃになっちゃうのが残念。なぜ?わざと?)

今年はまだ寒いうちから、いくつかの企画をいろんな方としています。本当に嬉しい。
春先に始まったものは、秋にお披露目。
初夏の前に始まったものは、延期延期でやっと今週!
自分が企画しているものも秋にお披露目!
と言った感じで、どれも先のことばかりで耕してばっかりな感覚なのですが、ここからは達成感が一気に来るといいなあと思っています。

いろんな人たちに絵や文字を託して作品を作ったり、アドバイスをもらいながら自分で作ったりしているのだけど、今はそのバランスがとってもよくて幸せです。
わたしはデザインのプロじゃないことにコンプレックスを持っていたけど、だからこそできることもあるし、自由なところもある。本があることでそれを理解してもらいやすくなったし、苦手なことやできないことはお願いしたらいいし、託すことができるようになりました。
自分のかいたものをいいように見せてもらうんじゃなくって、よく使ってもらう、という感覚。
それが今年の学びのひとつ。

7月

私は毎年6月が終わったらすぐにお誕生日が来てしまう。
もうすごい回数経験して人生の半分もとうに越したというのにいるのに、なんとなく慣れない。
あ!もう?ってなる。カレンダーをめくったらすぐだからだと思うんだけど、、、
今年も気をつけて過ごしてたけど、まあやっぱりどうしてもそうなります。
ただ、ここ6年くらいは友達の息子くんのお誕生日が1日なおかげで、ちょっとは前よりも心算ができているのがありがたい。

そして1年も折り返しです。
去年は初コロナで右往左往しながらも、とても強い意志をもっていたような気がするのですが、今年はなんとなくいろんなことに押され気味な感覚があってちょっと悔しい。
負けている感じではないけれど、勝ててもいないけど、でも押され気味。
とはいえ、ありがたいことにいろんな人の助けを借りて辛うじて秋にみのりがあるような準備もできてはいるのだけど、「虎視眈々」とした感じではなく、謙虚な気持ちで準備しています。お祈りに近い。
なので、もうちょっと強い意志を持ちたい。

そんな中、わたしは今できることとして、環境を整えているようです。
部屋を整理したり、新しい道具を導入したり。形ばかりだけど、スイッチが入った自分にはできない細かくて地道なことばかりです。
適当に配置したままだったコンセントの配線をかえたり、仕事場の棚の中を整理したり、ファイルを整理したり、面倒だけどしておけば断然楽になること。
不便に慣れないぞ!週間です。
前の日記に書いたアレクサのスマートプラグも早速一つ導入して、写真に写っているライトを声で操作できるようにしたら、とっても使いやすくなりました。
けど、よく考えたら、アレクサは仕事場に導入した方が良いかもしれない。
自動で切って欲しいものがいろいろある。
dysonが曜日ごとのタイマーで勝手に動いてくれているの、とっても便利だもの。
(それにしても、dysonの空気洗浄機は馴染みすぎて存在を感じない。)
そして昨日は久しぶりにあれこれお買い物をして、単純に楽しかった。笑。
生活必需品でなく、通販や、とっておきのあれこれでもなく、お買い物の醍醐味を満喫しました。
もう4年くらい愛用しているnorthのポケッタブルリュックがあるのだけど、そのトートリュック版を買いました。絶対必要かというと、絶対にそうじゃなかったけど、なんだか新しいものが欲しかった。
このトートリュックにmacbook入れてどこかにいってる自分を想像したら悪くなかった。このシリーズはとにかく軽量で、それでいて機能的なので本当に便利で頼りになるのです。カバンの重さが300g台のはず。ポケットも充実しているし、体にもそうし、見た目も悪くはない。だから、4年前にこのリュックを買ってから私は他のリュックは買ってないはず。
コロナ禍の前の私は、車を持たない身軽さを満喫していたけど、今はそれが不自由に繋がっているのが少し悔しい。
少し離れたところに出かけるのを躊躇するのは、行き先そのものではなく、道中のことを考えてしまうからです。でも、今の生活で車の世話までできそうにないし、活用しそうにもない。
なので、今の目標の一つに車のお世話ができるような生活リズムを手に入れる、というのがあります。想像してみたら悪くない。
車のお世話ができる気持ちの余裕がある中で、好きな車でちょっとだけ離れたところにふらっと出かけられるような私になっていますように。

今年の抱負は、想像力を取り戻すこと。
そろそろ少し先のことをちゃんと想像したい。
想像して叶えたい。

6月

はっと気づいたらまた一月経っています。
常々そんな感じですが、コロナ禍になってからは仕事がコロナの変化に影響を受けるのでますますそんな感じです。
というのは、言い訳かな、と書いていて思いました。
コロナがなかったら、わたしは仕事とamelaboのことに奔走して日記どころではなかったはずです。
目の前のことを一生懸命するのはいいことだけど、自分のこの性格をここ数年の間に少しどうにかしないとなあ、と思います。多分気持ちは19歳くらいのままなのです。
このあいだ従姉妹の娘ちゃんと話していてそう思った次第です。
もう一回19歳から人生するのは嫌ですが、、、

もし、そうだったらどうするのかなあ。
北海道には行くだろうか。
歯科に進むかな。
大学院に行くかな。
母の病気にもっと早く気づいていたよね。
就職はどうしたかな。
専門医を取った方がよかったかな。
そんなことを考えますが、どうせやり直したってほぼ同じ人生になると思う。
今はそう思います。

どこまで戻ればこうならずに済むのか、と節目節目で考えました。
でも、その度にどこまで戻っても無理だな、と諦めて前を向くことにしてきた。
そういうことなのだと思う。

6月はあいかわらずあつ森をしていて、禁断の時間操作をしてしまいました。
5月のうちにしか採取できない若竹で作る「しょいこ」がどうしても欲しかったのに、私が竹を手に入れたのは5月の末で数が間に合わなかったのです。(あつ森はすごく季節があって楽しい)6月半くらいまで、来年の楽しみにしようと思っていたけど、ふと気づいたら本体の時間を変えたらいけるのでは、、、、と気づいて考えあぐねた結果してしまいました。
結果、無事若竹を手に入れてしょいこも作れたのだけど、なんていうか5月の島民のみんなに優しくしてもらうと切なくて寂しかった。ごめん、わたしは6月なんだよー、という気持ち。あれはきっとタイムスリップした人の心境だと思う。
なんのこっちゃな話ですが、過去にもどったところで、少しくらい修正できても人の大筋は変わらないから大体同じになるんじゃないかなあと思うのです。

インスタもアカウトを何度やり直してみても同じ人たちにしか出会わない。興味の先を変えない限り。でも、それはもう自分ではないよね、、、

5月は5月で一杯一杯でしたが、6月も平気そうな気がしながらもけっこうばてていました。途中毎日ちょっとしたイレギュラーなことが続いて、(些細なことです。紹介状を書くことが多かったり、ちょっと予定通り行かなかったり)それが微妙に堪えました。仕事はそっとやそっとのことでは動揺しないように訓練したり、工夫してきたつもりだから、そこがちょっとばたばたとするととても気持ちが落ち着かないのだと思う。

本当に私は日常を愛しています。

そんな中でも、秋に向けていろいろ楽しいこと、嬉しいことは進んでいて、それと患者さんとの会話が救いでした。院長交代して3年経って、私の患者さんがご家族やご友人や同僚の方を紹介してくれるようになって、嬉しい厚みが出てきたのを感じます。季節をいくつか共有すると、ああ、あれね、って感じのことも増えてくる。好きなアイスや好きなお菓子の話とかも。

そんな感じでとても充実していたのだけど、心の方は4月5月のコロナ禍にずいぶんやられ、6月はワクチンのことで少し落ち着かない心持ちにはなるし、休みたかったみたいです。

でも、思い切ってワクチン後少しお休みをいただいて、すっかり元気です。

嵐のような毎日でしたが、amazonprime DAYのセールに初めて参加し(最近Amazonはほとんど利用してなくて、もうやめようかなあと思ってた矢先なのに)とっても安くなっていたアレクサを買いました。70%オフくらいだったのです。
私はSiri派、と思っているので、そんなに活用することあるのかなあと思いはしましたが、このコロナ禍になってからわたしは、しないままにしていることにチャレンジするようにしているので、この機会に取り入れてみることにしました。
キャッシュレスも、スマートウォッチも意味をわかってちゃんと慣れたら便利だもの。
そして、なくても困らない、といってわからないままにしておくと、わかろうとしても理解できない年齢になって困ることになるんじゃないか、、、と切実な恐怖を感じているのです。
好奇心はずっと持ち続けないと危険。

で、このお休みを利用してアレクサを設定してみたら、なんと楽しい!!!
Siriより親切です!
反応はよく、手足になってくれる感じ。Siriは頭脳になってくれる感じなので、そこが違うかな。そう、Siriにはこちらが(私が)使われている、って感覚がある。笑

もともとテレビがAndroidTVなのですぐに対応できて、声でつけたり消したりチャンネルも変えてくれるし、これはソケットも導入したらつけ消しが面倒な間接照明も声で消してくれるのかあ、、、と思ってしまっています。

少々個人情報が怖いですが、すごい世界が来てたんだな、とびっくり。たった1500円(セールだったから)でこんなあたらしい世界を体験できるなんて。涙。

おかげで滞ったままだったスマートフォンのアプリも整理して、部屋の整理して、電気のコードも整理して、ついでに古くなったものや着古したものを見直して、ちょっとさっぱりした部屋の中と頭の中です。

7月は節目の月だから、というか、毎年7月の頭に歳をとるので、6月のうちにいろいろ整えておかないと、ああああ、ってなっていくのです。
今年はどんな歳になるかなあ。ダメなところが改善されたらいいな、と思います。



5月

久しぶりの日記です。
気がついたら5月の後半でびっくりしています。
一体何をしていたのかと、カメラロールを振り返ってもあまり写真がありません。おかしい、、、写真もあまり撮っていなかったようです。

関西は緊急事態宣言が発令されていて、GWの前あたりは本当に感染が身近に迫っているのをひしひしと感じていました。
連休中、念のため民間のPCR検査を受けておいたほどです。
なんでもやり方とか手順を知っている方が慌てないで済むかも、と思ったのもあります。(無事みな陰性でした。)
これだけ変異株の感染が広がると、仕事柄どうしてもわたしたちの感染リスクは上がるので、いろいろ予防してはいても心配です。
これまでのウイルスと感染力が違うみたいなので、、、、

そんなこんなで連休は、ひたすら心身の疲れを回復させていたのだと思う。
年末にしなかったベランダの大掃除をしたのと、いつもあまり頭がはっきりしていないときにする不用品処分を何回かしたはず。(判断力が鈍っている時に、服や靴の処分をするようにしています。笑)
おかげで部屋は結構きれい。



そうそう、あとはずっと放置していたあつ森をしていました!
リングフィットをするために買ったSwitch、せっかくだから去年みんながしていたあつ森をしよう!と思って始めたものの、全然進まない(ずっとテント生活)ので、嫌気がさして放置してGが繁殖していました。(アプリ内でですよ)
でも、やっと調子を掴んで増築したり、移住者が出てきたりで、日課になりつつあります。
けど、休み時間もずっと働いている気になりますね、これ。

今年は季節がとにかく早くやってきて、GWに見頃のもの(薔薇とかハナミズキ)もさっさと4月のうちにさかりを迎え、緊急事態宣言で外にも出ないので、季節感も味わえず、、、です。
これはエゴノキの花。
そんなふうに今の私は振り返っていますが、この頃の私がそれなりに一生懸命作ったものが形になって残っていたり、届いたりすると、おお!頑張っていたのね!と嬉しくなる。
例えばiPhoneケース。
試作を3種類くらいしていて、明日最後の1つが到着します。
あとは、ここ3年以上温めていたモノグラムのプロダクトがようやく形になりつつあります。

私の書くモノグラムを刺繍して、巾着に仕立ててもらいました。
大きさとか質感とか拘ったのですが、それ以上に私のリクエストを解釈して表現してくれたelfさんの力量がすごい!です。
これは見るたびに嬉しくなるもののひとつ。
今年の秋にはオーダーを受けられるように準備しています。
また詳細をご紹介しますが、とってもとっても素敵です!


あとはちょこっとネットショッピング。
連休の間のおいしいものを確保し忘れていたので大急ぎで福岡のSYMさんの通販をお願いしたり、いつか買おうと思っていたものを購入したり、一目惚れしたり。
4月、職場の家電が次々とご臨終になり(掃除機、電子レンジ、ポット)買い物モードに入っていたせいもあるかもしれない。
こんな時期にあれこれ買い物したくないですが、でも毎日使うものが新しくなるって気持ちがいいです。
仕事場は古い方の診療台の入れ替えもあり、まあもうそういう時期なんだろう、と諦めて腹を括りました。ずっと続けていく仕事だから、コロナのせいで/ここ数年のことで小さくなっているわけにいかない部分はちゃんと進化したい。

緩急をつけるのがちょっと上手くなったような気がします。
ここは引いておこう、とか、ここは突っ込んでいこう、とか。
まえに私が治療台を選んだのは6年前ですが、あのときはまだ父が院長で、でも私がメインで使うんだから自分で選んできなさい、と言われてメーカーのショールームに行って選んだのでした。メーカーは父が40年以上同じところのものを使っているので、指定されていましたが、自分なりによく考えてオプションを決めました。でも、なるべく節約して、、、という気持ちがあったので、私が頑張ればいいや、な部分で数万円のオプションを我慢しました。
その時は数万円でも節約したかったけど、実のところその数万円はあんまりかわらないから、いれておいたらよかったな、と数年後気づきました。笑。

改装の時も私は細かく節約しようとしたけど、心ある設計士さんや技師さんたちのアドバイスのおかげでだいぶ勉強させてもらった。もちろん贅沢はよくないけど、日々使うものに対して、安全と信頼に対して払うお金はその費用以上のものがある、と、今なら思います。
ということで、今回は前回我慢したオプションはもちろんつけました。笑。そうそう、治療台を買うのは、車を一台買うような感覚です。

古くからの患者さんも、新しい患者さんも、新しい診療台を喜んでくれてわたしも嬉しい。6年後、どうしてるのかな、と思う。
父は元気だろうか。医院はどうなってるんだろうか。私はちゃんと成長しているかな。そんなことを考えてしまいます。

3月からすすめていた企画も無事私の手を離れ、今年もなにか楽しいことがでいたらいいなあ、と漠然と思っていることもひとつひとつのやりとりはちゃんと進んでいる。楽しい秋か冬になるといいな、と思います。
そしてそれで形になったものを、来年の春にはどこかで展示ができたらいいな、と思っています。
私自身は来週くらいの予想しかつかないけど、amelaboの私は遠くにボールを投げていろんな人とキャッチボールをしているおかげで立ち止まらなくて済んできる気がする。

日記ももっとまめにつけていきたいです。